パラスポーツ最高峰を目指す姿を追いかける最前線レポート--Next Stage--企画・取材:MA SPORTS

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2020年2月21日

鈴木志保子先生(公認スポーツ栄養士)

「『体調が悪いこと』は当たり前じゃない! 適切に食べて細胞レベルでカラダ改善」

保健福祉大学で教鞭を取る傍ら、オリンピアンや実業団陸上部、高校野球部などの選手の栄養サポートを行う鈴木志保子さん。さまざまな障がいがあるパラアスリートとも向き合い、栄養サポートを続けている。そんな「栄養のプロ」に、パラスポーツの現場が抱える問題や伝えたいこと、今後の目標などについて聞いた。

現在、パラスポーツにどのように関わっているか教えてください。

車いすバスケットボール男女日本代表と、水泳の身体障がいの日本代表のチーム栄養士、パワーリフティング日本代表の栄養サポートのアドバイザーをしています。車いすバスケットボールはクラブチームのNO EXCUSEもサポートしています。栄養士は「おにぎりを作る人」などと思われがちですが、私は栄養面から選手の身体をマネジメントしています。



パラスポーツの選手ならではの悩みや、それに対するアプローチの仕方はあるのでしょうか?

これまで、たとえば食事は主菜を食べて、副菜を食べて、みんなで同じ釜の飯を食べて頑張りましょうというスタイルでした。もちろん、質の良いものをおいしく食べるのは大前提として大事なことです。しかし、障がいは千差万別だから全員の食事が全く同じであっていいわけないし、栄養サポートは選手一人ひとりに合った形で進めなければいけません。脊髄損傷や頸椎損傷の選手の場合、多くは下半身の麻痺による排泄に問題を抱えています。週に2回はトイレの日といったように排便コントロールをすることがありますが、コントロールが難しい場合は、食べる量を減らして調整をする選手が多いんです。その状態だとエネルギー不足や栄養状態が悪くなり、パフォーマンスに影響してしまいますよね。サポートをするときには、栄養状態に少しでも関係があることをたくさん伺います。最初は「医者でもない栄養士になんでこんな話をしなきゃいけないんだ」という顔をされることもありますが、しっかり食べて身体が良好になることを感じてほしいのです。さらに、栄養状態が改善されると、褥瘡のリスクも低くなります。いつも抱えていた不安やストレスを気にしなくてよくなるのは、選手にとって大きいことですよね。



障がいの種類や程度に合わせたサポートが必要になるのですね。

その通りです。車いすの選手で気を付けなければいけないことは、とくに事故など後天的な理由で脊髄損傷や頸椎損傷になった人たちです。たとえば、身長が180㎝以上あったとしたら、その人はもともと4000kcalを消化吸収できる胃と腸を持っています。しかし、車いすでの生活になると、どれだけ動いても必要なエネルギーは3000kcal程度。健常者時代のように食べてしまうと一気に太ってしまうので、厳しいですが「一生ダイエットだよ」と言っています。先天性の二分脊椎などの障がいの選手はその逆パターンで食が細かったり、消化吸収がうまくいかなかったりする場合があります。



「栄養サポートは“選手一人ひとり”に合った形で進めなければいけない」と話す鈴木先生
パラスポーツ界では個別性の「個」の意味が全く違うのですね。

そうですね。健常の選手の場合はある程度のセオリーやエビデンスがあるんです。パラの場合はこれまで論文もほとんどないですし、障がいという個性があるなかで課題をどう解決するか、どう良い状態に持っていくか、文字通り「一人ひとり」を把握していくことになります。



先生がサポートされるようになってから、選手の意識も変わりましたか?

変わってきたと思っています。パラスポーツの選手の多くは、「調子が悪いのは当たり前」と思っているように感じます。少しずつ、できるところから栄養と食の改善に取り組むことで、パフォーマンスを中心に食べることを考えるようになります。そして、食べることと動くことの関係が見えてくると、練習の時間や強度によって食べるものやタイミングをコントロールしたくなります。そうなると、選手たちの質問や要望は、より専門的になってきますね。



鈴木先生のモットー、そして一番伝えたいことは何ですか?

「食べて細胞を喜ばそう」ですね。私たちの身体は新陳代謝を常に繰り返しています。腎臓の場合は、半年前の細胞が生きているんです。つまり、8~9月のパラリンピックで勝ちたければ、少なくとも3月からちゃんと食べていないと、細胞レベルでは勝てません。計画的に栄養・食を考えてほしいですね。選手には「食べちゃいけないものはないよ」と言ってきました。練習で追い込まれて疲れて、ご飯がいつもより食べられない、でもこのままじゃエネルギー不足になるという時、アイスクリームやケーキだったら食べられるなら、食べてOKなんです。栄養状態も良くして、「これで明日も頑張れる」となることが大事でしょう? 周りの人は「こんなに我慢したんだから金メダルが獲れた」「お菓子を食べたから勝てなかった」と言ったりする。それは、美徳でもなんでもなく、勝てない要因をすり替えているだけです。ただし、「この食べ物で自分の細胞を作っても平気か」は常に考えてください。なんでもいいわけじゃなく、質の良いものをきちんと選んで、必要な分だけ美味しく食べてほしいです。



今後の目標や夢を教えてください。

選手は、練習でしっかり追い込んだらリラックスすることも大事だと思っています。その“濃淡”のなかに「食」が調和するようにしたいです。管理栄養士や公認スポーツ栄養士に対しては、サプリメントを活用しなくては栄養状態を良くすることができない選手もいるので、すべてを食から解決しようとするのではなく、きちんと個人と向き合って栄養サポートをしてほしいです。その人材育成は、日本スポーツ栄養協会と日本栄養士会で、きちんと対応していきたいと思います。


(MA SPORTS)

プロフィール

鈴木志保子先生
1965年生まれ。東京都出身。神奈川県立保健福祉大学保健福祉学部栄養学科教授。博士(医学)。管理栄養士・公認スポーツ栄養士として、現在はマツダ株式会社陸上競技部、横須賀市立総合高校野球部などで栄養サポートや指導を行う。(一社)日本スポーツ栄養協会理事長、(公社)日本栄養士会副会長、日本パラリンピック委員会女性スポーツ委員会委員。東京2020オリンピック・パラリンピックでは、組織委員会のメニューアドバイザリー委員会副座長として、選手村内ダイニングのメニューを検討している。