パラスポーツ最高峰を目指す姿を追いかける最前線レポート--Next Stage--企画・取材:MA SPORTS

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2020年8月28日

田口亜希さん(日本パラリンピック委員会運営委員) 

「ネガティブな環境のなかでもポジティブに捉える思考を身につけよう」

射撃でパラリンピックに3度出場した田口亜希さん。現在は日本障害者スポーツ射撃連盟理事やパラリンピアンズ協会副会長として活動を送るなか、新たに日本パラリンピック委員会運営委員に着任した。さまざまな経験をもとにどんな取り組みに挑戦したいか、またコロナ禍における選手を取り巻く状況についての考察と、問題を乗り越えるヒントについて語ってもらった。

日本パラリンピック委員会運営委員に任命され、目標を語る田口さん

今季、新たにJPC運営委員に承認されました。どのような活動を目指したいですか?

委員のメンバーは、男性と女性、冬季競技と夏季競技、視覚障がいと車いすユーザーなど、さまざまな立場の人たちで構成されています。互いを知っているようで理解していないことも多いと思いますし、気を遣わずに具体的な話し合いをして、次のステップに進めるような助言ができればと思っています。



田口さんは射撃でパラリンピックに3度出場されていますが、元選手の目線で届けたいことはありますか?

現場レベルの話になりますが、選手に何か要望があるとき、OGである私には気軽に話せても、競技団体の事務局には話しづらいということもあると思います。どうしても気を遣ってしまうので、言いたいことがぼやけてしまうんです。これは私にも経験があるので、その気持ちはよく分かります。誤解を恐れずに言うと、これは競技団体とJPCの関係にも同じことが言えると思っていて、メジャー競技、マイナー競技を問わず、現場の声を拾って具体的にJPCに伝えていかなければいけません。それが、今の私にできることだと考えています。もちろん発信する情報が一方的にならないよう、第三者の立場でいることが前提にあります。



女子選手を取り巻く環境の変化や意識の在り方について、思うことはありますか?

競技によると思いますが、私が出場している射撃種目は男女混合なので、私は現場で性別を意識することはあまりなかったです。関係者は男性が多いので段差を車いすごと担いでもらうことはありますが、それは仕方ないことですし。日本障害者スポーツ射撃連盟では私を含めて2名の理事が女性で、コーチやドーピング担当のスタッフにも女性がいます。少しずつ女性スタッフの割合が増えてきたので、今まで女子選手が言い出しにくかった体調の不安などもきちんと話せる環境を作っていかなければいけないと気を引き締めています。厳しい言い方をすると、逆に文句だけを言ったり今の環境に甘えてしまったり甘えたりする選手も出てくると思うので、その時に注意するのも私たちの役目だと思います。



新型コロナウイルス感染拡大の影響で、東京2020パラリンピックが1年延期になりました。パラリンピアンズ協会の副会長もされていますが、選手の様子をどう捉えていますか?

自粛生活後の感染拡大で、やっと再開できた合宿やナショナルトレーニングセンターの利用がまた中止になるのではないかという不安を選手は抱えています。射撃の合宿でも再度参加を取りやめた選手もいます。成績を伸ばすという点で、最も大きな困難に直面しています。その中で選手にとって大事なのは、この環境下で何ができるかを考えることだと思っています。家でできるトレーニングでも、ボランティアでもなんでもいいです。その「考える」という行為は、東京大会が終わった後の競技人生でも、自分の人生においても役に立つと思うからです。この先も、いつ、何が起きるかわかりません。ネガティブな環境のなかでもポジティブに捉える思考を身に着けてほしいと思います。



コロナ禍で社会様式の変化が生まれるなか、障がいがある人の生活の在り方について議論される機会にもなりました。

リモートワークやオンライン会議などが一気に普及しましたが、この新たな働き方は障がいのある人がポジティブに生きていく要素のひとつになるのではないか、と感じています。当然、業種によりますが、障がいがあることで通勤を諦めて働けなかった人も、仕事は在宅でできるとはっきりしましたよね。雇用する側も、健常者・障がい者、オリンピック・パラリンピックも関係なく、多様な働き方を見つめなおす機会になったと思います。ちなみに、パラリンピアンズ協会の会議や勉強会などはオンラインに切り替えて開催するようになり、これまで遠方で参加できなかったメンバーや現役選手が参加して、近況を報告してくれるようになりました。これまで以上にコミュニケーションを取るチャンスが増えたとも捉えることができるのではないでしょうか。



共生社会の実現に一人ひとりが向き合う機会にもなっています。

そうですね。パラリンピック開催が決まったことで、障がい者やパラアスリートに一般の人たちの目が行くようになりました。ですが、障がいがある人に対して注意しにくい風潮がまだ世の中にありますよね。たとえば、自分で運べるはずの荷物を誰かに持ってもらっている人がいたら、「ちゃんと自分で運びなさいよ」って思っていても言いにくいですよね。でも、私なら「それ、自分でできるよね」と言えるし、本人も周囲の人たちも本当のバリアフリーについて考えると思うんです。私自身、経験したことですが、人任せにせず、自分ができることにちゃんと取り組んでいると一人の人間として認められて、会社でも仕事を任せてもらえるようになります。もちろん、脊髄損傷の私と頸椎損傷や視覚障がいの人とはできることが違うので、そこを押しつけるのではなく、理解してもらえるよう行動していくのも、私たちの役目だと思っています。



最後に東京大会への想いとメッセージをお願いします。

ある会議で、パラリンピックの開催について議論が交わされたとき、当事者から「パラリンピアンはこれだけ頑張っているんだから賛同してもらおう」という意見が出ました。それはひとつの事実なのですが、パラリンピアンだけでなく、世の中の人はみんな頑張っているわけですから、自己主張だけでは人々の理解は得られません。そのうえで、こういうことだったらできるので挑戦してみませんか、とみんなで知恵を出し合うことが大事だと思います。そういうことを一緒に考えていきたいですね。


(MA SPORTS)

プロフィール

田口亜希さん
1971年、大阪府生まれ。大学卒業後、郵船クルーズ(株)に入社。客船「飛鳥」にパーサーとして勤務。25歳の時に脊髄の血管の病気を発症し、車いす生活になる。のちに射撃を始め、アテネ、北京、ロンドンと3大会連続でパラリンピックに出場。アテネでは7位、北京では8位に入賞した。現在は日本郵船(株)広報グループ社会貢献チームに勤務する。 日本パラリンピック委員会運営委員のほか、日本障害者スポーツ射撃連盟理事、日本ライフル射撃協会理事、日本パラリンピアンズ協会副会長、東京2020聖火リレー公式アンバサダーなどを務める。