パラスポーツ最高峰を目指す姿を追いかける最前線レポート--Next Stage--企画・取材:MA SPORTS

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2021年6月1日

橋口泰一さん
(JPC医・科学・情報サポート事業統括リーダー)

「専門家による多角的な科学サポートをうまく活用しよう」

心理や栄養、コンディショニングといった複数の科学的領域からパラアスリートを支援するJPC医・科学・情報サポート事業。その統括リーダーを務める橋口泰一さんに、事業の内容や専門領域である心理サポートの活用法、また東京2020パラリンピックに向けて選手に実践してほしい取り組みなどを聞いた。

橋口先生がパラスポーツに関わったいきさつを教えてください。

中学と高校の教員を経て、日本大学で教鞭をとることになった2006年に、現在も大学で共同研究をしている先生に誘われてブラインドサッカーを観たのが私とパラスポーツとの出会いです。それからブラインドサッカー日本代表の心理サポートに関わるようになりました。平行して、2006年からパラスポーツ界でもJPCの科学支援事業として心理と栄養のサポートが始まり、当時、科学委員会委員長だった荒木雅信先生にお声がけをいただき、強化指定選手の心理検査や心理講習などのサポートに携わることになりました。総合国際大会ではロンドン2012パラリンピックから日本代表選手団に心理サポートが加わり、私も帯同しました



現在は、医・科学・情報サポート事業と名称が変わりました。具体的にはどのような事業でしょうか?

心理・栄養・コンディショニング・フィットネスチェック・バイオメカニクス・映像技術の6領域の専門家がチームを組んで、選手の競技力向上をトータルサポートします。各領域の専門家たちとの連携をより強化しているところです。また、私は統括リーダーとして、各領域の話を横断的に聞き、まとめていく立場にあります。各領域のリーダーとディスカッションをしながら、今後のパラスポーツ界に何が必要なのかを追求していきます。スタッフによる全体会議やJPCの医科学関連の研修会のコーディネーターなども行っています。



「心理サポートは、次に活かせるポジティブな場所と捉えてほしい」と話す橋口先生

スポーツ心理学がご専門です。選手の話を聞くうえで、どんな工夫をされていますか?

心理サポートでは、選手のニーズを確認し、選手の自立・自律をサポートする立場で実施します。パラスポーツ特有の状況でいえば、たとえば知的障がいや重度障がいの選手は、家族や介助者の方が競技をサポートされる場合があるので、その時は選手と一緒に面談をします。それから、競技によっては介助者が選手(競技パートナー含)の場合があります。その方が過度の緊張をしてしまうことも当然ありますので、その方々に対応した形で、個別に話をしたり、サポートを行います。パラアスリートには様々な文脈(障がいの経緯や競技歴など)があり、チームや個人のサポートに限らず、競技への意欲や価値観が多様な場合があります。また、視覚障がいの選手には言語指示をシンプルにするとか、手話通訳がある場合には、事前に連携をとるなど多様性を理解したうえでの工夫をしていきますが、基本的なサポートの仕方や流れは障がいのない選手と変わりません。



事業の展開も含めて、今後の課題についてはどうお考えですか?

各競技団体に専門的な医科学情報スタッフが配置されることが一番の理想形です。現在はその目標達成のため、各競技団体に予算を配分して、スタッフを任命してもらう形にシフトしているところです。そうすると、競技団体が直接スタッフに「大きな大会に向けてサポートしてほしい」というリクエストもできるようになるし、自由度は増していくと考えています。



選手と話をする橋口先生(橋口先生提供)

東京2020パラリンピック開幕を控え、選手に事前にトライしてもらいたいメンタル強化法はありますか?

自国開催はやはり特別なことです。1998年の長野大会は報道量が増えましたが、今回の東京大会はそれ以上の注目が集まるでしょう。JISS(国立スポーツ科学センター)が過去の大会に出場した選手を対象に自国開催の「プレッシャー」について調査・研究したところ、試合前の不安や葛藤、プレッシャーを受ける中で実力を発揮できた選手は、「一度立ち止まってトレーニング日誌を読み返す」ことや、「過去の試合やトレーニングを振り返る」ことをして、「ここまでやったんだから大丈夫」と、ある意味、開き直りの心境を会得していたというデータが出たそうです。今年のパラリンピックに臨む選手にも、自国開催はホームアドバンテージであると前向きに捉えてもらいたいですね。

“心理相談”と聞くと、「心理的に弱ったときに行く場所」と思う選手もいるでしょう。でも、心理的に何らかの困難に直面した時だけでなく、集中力を高めたり、心を整えたり、もしくは現状の振り返りを次に生かすことができるポジティブな場所でもあります。ぜひ、自分の気持ちを正直に出し、ストレスを緩和させ、弱音を吐ける場所として、うまくサポートを活用してもらいたいと思っています。



パラスポーツ界の科学支援の今後について、想いを聞かせてください。

ブラインドサッカー日本代表をサポートしていて、コーチと選手間の「伝えすぎないコミュニケーション」が印象に残っています。“見えない世界”の中で集中力を研ぎ澄まして戦っている選手に対して、コーチ陣はごく自然に、その集中力を切らさない距離を保っているんですね。障がいの特性、つまり選手の個性を理解してコーチングするノウハウは指導者自身の成長につながるし、それをモデルとして検証し、次世代の指導者育成に活かせるのではないかと考えています。さらに言えば、パラスポーツのコーチが実はオリンピックスポーツを指導したら非常に有効だった、という流れに持っていくことも十分可能だと思っています。パラスポーツには、それくらいの力があると思っています。選手たちだけでなく、現場のコーチや監督への医科学的な支援も継続し、私たちがフォローアップできるよう努力していきたいですね。

(MA SPORTS)

プロフィール

橋口泰一さん
1978年、千葉県生まれ。日本大学松戸歯学部教養学(健康スポーツ科学)准教授。さまざまなアスリートの心理サポートを担当。2012ロンドンパラリンピックから日本代表選手団の心理サポートスタッフとして帯同して以降、アジアパラ競技大会、アジアユースパラ競技大会等でも支援活動に従事した。2006年より、JPC医・科学・情報サポート心理領域スタッフ、2010年〜2016年までJPC医・科学・情報サポート心理領域リーダー、2016年からJPC医・科学・情報サポート事業の統括リーダーを務め現在に至る。JPSA科学委員、JPC強化委員会委員他。日本スポーツ心理学会認定スポーツメンタルトレーニング指導士、日本障がい者スポーツ協会中級障がい者スポーツ指導員、日本スポーツ協会コーチデベロッパー(コーチ育成者)