中澤吉裕さん
(車いすテニス協会強化育成部長/ナショナルチーム監督)
「次世代選手が世界に羽ばたく環境整備を」
東京2020パラリンピックで計4個のメダルを獲得した車いすテニス日本代表。続いて、9月末から10月にかけてイタリアで開かれた車いすテニス世界国別選手権(ワールドチームカップ)ではジュニアチームが優勝するなど、次世代を担う選手たちの成長も目覚ましい。日本代表を率いた中澤吉裕監督に、これまでの強化策や育成事業の取り組みについて聞いた。
東京2020パラリンピックで日本代表は男子、女子、クアードとすべてのクラスでメダルを獲得しました。改めて総評をお聞かせください。 |
コロナ禍でパラリンピック開催が危ぶまれる状態が続き、当初は選手もスタッフも不安を抱えていました。そのなかで、全クラスでメダル獲得という目標が達成できたのは本当に嬉しかったです。初出場の選手が表彰台に上ったことも、相当インパクトのある成果でした。自国開催で村外拠点があったことで、選手はパーソナルコーチと面談できましたし、生活面やメンタル面のサポートも可能でした。ラストマッチの男子シングルス決勝は、他の選手もスタッフもボランティアさんも一緒になって応援できました。「笑顔で終わる」という、もうひとつの目標も達成できてよかったです。
東京大会のプロジェクトで、とくに力を入れたのは何ですか? |
組織としての強化戦略です。東京大会が終わった後も自立・自走していける協会の仕組みづくりをテーマとし、リオ大会後に3つの方策を計画しました。ひとつは「関係強化」。ナショナルコーチとパーソナルコーチで面談し、選手育成や指導の道筋をリンクさせることを意識しました。次に「フィジカルの強化」。体力測定のデータを選手にフィードバックし、個々のトレーニングに落とし込むようにしました。そして、「戦略的ツアー派遣」です。テニスは個人ランキングで評価されるスポーツで、ITFランキングを8位以内に上げて4大大会に出ることがパラリンピックでのメダル獲得にもつながります。そこで、ひとつめの「関係強化」を組み入れながら、どのように世界ツアーを転戦すれば効率よくポイントが取れるかという年間計画を立てました。トップ選手とアンダーカテゴリーの選手ではその内容が異なるので、リモートの面談を重ねたりして、緻密に練りましたね。試行錯誤を経て、積み上げてきたものが成果として現れ、ほっとしています。
次世代育成事業の取り組みについて語る中澤監督
そうした先輩の姿を見て、車いすテニスを始めたいと思う子どもたちも増えると思います。現在、日本車いすテニス協会ではどのような選手発掘や育成事業を行っていますか? |
育成事業は2017年から本格的にスタートしました。今年度後期の次世代育成強化指定選手は14人います。合宿では練習のあとに、毎日勉強会を開きます。人間力の養成をテーマに、メンタルや栄養、英語を学んだり、みんなの前で発表する機会も設けています。パーソナルコーチが参加できるのも特徴ですね。選手の対象は22歳以下で、年齢の幅があるためメニューを組むのは簡単ではありませんが、他の選手と切磋琢磨するなかで、アスリートとしての発言や行動の大切さ、世界との距離感なども感じてほしいと思っています。
中学3年の小田凱人選手は今年4月、史上最年少の14歳11カ月でITFジュニアランキング(Boys)1位になり、11月にはシニアでもダブルスの世界マスターズに出場するなど、急成長を遂げています。また、今年のワールドチームカップでもジュニア日本代表が初優勝を果たしました。この好成績は、育成事業の成果と言えるのではないでしょうか。 |
そうですね。ワールドチームカップに出場した小田選手、高野頌吾選手、川合雄大選手は育成事業の第1期生です。この大会ではキャプテンを決めず、誰がどの試合に出るか、どんな戦い方をするか、できるだけ本人たちに判断させていました。3人で活発に意見を出し合っていましたし、試合に出ない選手は悔しいはずですが、サポートにまわり、しっかり応援してくれました。結果を出したことで自信がついたでしょうし、今回の経験は今後の彼らの活躍にきっとつながっていくでしょう。
ワールドチームカップを制したジュニア日本代表。左から川合選手、小田選手、中澤監督、高野選手(中澤監督提供)
国枝慎吾選手や上地結衣選手が10代のころ、日本にはまだジュニアカテゴリーがなくてシニアで戦っていました。若い世代にとって、ジュニアカテゴリーがある意味は大きいでしょうか。 |
そうですね。それが普通のことなんですが、今までは競技人口の少なさという問題もあってできませんでした。シニアの中に飛び込んでプレーするのにも良い面がありますが、やはり同い年くらいのライバルと競い合う環境は必要だと感じています。
次世代選手の台頭は日本チーム全体の底上げにつながりますね。最後に、開幕まで3年を切ったパリパラリンピックに向けての取り組みを教えてください。 |
通常より1年、遅くスタートするわけですから、とにかく時間がありません。おっしゃる通り、次世代の選手も関わってきますし、東京大会と同じ強化プランをやっていてはそれ以上の成績はおさめられません。選手はもうやる気になっていると思うので、支える側の意思統一も含めて、新たな方策で取り組んでいきたいと思います。
(MA SPORTS)
プロフィール
中澤吉裕さん
1970年、神奈川県生まれ。日本車いすテニス協会強化育成部長、ナショナルチーム監督。中学と高校でテニス部に所属。さまざまなテニスクラブで経験を積むなか、20年ほど前にクアードの選手の指導を始めたのをきっかけに、車いすテニスのコーチをスタート。2002年からナショナルチームに携わり、選手指導や育成に注力。リオパラリンピックの前年の2015年からナショナルチーム監督として指揮を執っている。日本テニス協会強化育成本部車いすテニス委員長、普及推進本部多様化テニス委員長も務める。