太田陽介さん(全日本ろうあ連盟スポーツ委員会委員長/東京2025デフリンピック日本選手団団長)
「違いを力に変え、共生社会の実現をめざす」
11月15日にきこえない・きこえにくいアスリートによる「第25回夏季デフリンピック競技大会東京2025(以下、東京2025デフリンピック)」が開幕する。100年の歴史のなかでデフリンピックが日本で開催されるのは初で、きこえる人ときこえない人たちの協働による共生社会の実現やレガシー形成が期待されている。約400人の日本選手団をまとめる太田陽介団長に、日本でデフリンピックを開く意義について話を聞いた。
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デフリンピックの開幕が近づいてきました。日本で初開催することには、どのような意義があるのでしょうか。 |
デフリンピックは1924年にフランスで初めて開かれた歴史ある国際的なスポーツ大会です。歴史的な節目となる100周年記念大会を日本で開くことは、アジア地域のきこえない・きこえにくい人たちのスポーツの発展につながると考えています。私たちは今大会、多様性と共生社会づくりを打ち出しています。手話は言語であるということ、そして視覚的なコミュニケーションへの理解を深める契機となり、それを次世代に啓発し、学校教育や福祉、メディアなど多方面への波及効果を期待しています。また、デフリンピックでは国際手話が公式言語として使用されますので、手話言語の価値と多様性が国際的に認知される場所になります。同時に日本手話言語、とくに「ありがとう」の手話言語を積極的に紹介し、多くの人が日本の手話に親しむきっかけになればと思っています。
東京2025デフリンピック開催への想いを語る太田団長
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7月の日本選手団の記者会見で、本大会は「新しい世界の幕開け」と表現されていました。その言葉に込めた想いを教えてください。 |
「新しい世界」には4つの意味を込めました。ひとつ目は、「きこえない・きこえにくい者が主役になる舞台の創出」です。デフリンピックを通して手話言語への理解やろう者の文化の認知が進み、きこえない・きこえにくい者が支援される存在から、社会をけん引する存在への転換をめざしたいと思っています。次に、「手話言語と視覚文化の再定義」です。手話言語は「見てわかる」という豊かな言語文化であることを広め、この新しい価値観を尊重する世界に変えていきたいということ。3つ目に、「共生社会の実現に向けた国際的な第一歩」になるということです。多様な背景を持つ人々が互いに尊重し合い、協働するという未来の姿そのものを、デフリンピックを通して伝えたい。東京大会は、その新時代への転換点になると考えています。最後に、「若い世代への希望と挑戦のメッセージ」です。デフリンピックには、若い世代に「違いを力に変える」ことの可能性を示し、障がいの有無にかかわらず、誰もが夢を持ち、挑戦できる社会の実現をめざすメッセージが込められています。「限界を定める社会」から、「可能性を広げる社会」へ。その想いから「新しい世界の幕開け」という言葉を使いました。
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日本財団パラスポーツサポートセンターが今年5月に実施したデフリンピックの全国の認知度に関する調査によれば、前回調査(2021年)の16.3%から38.4%に上昇しました。一方で、今年11月にデフリンピックが東京で開催されることを知っている人の割合は9.9%に留まっています。その要因と対策について、考えをお聞かせください。 |
認知度向上については、インクルーシブ教育の広まり、また東京2020パラリンピック競技大会の影響による社会的関心の継続があると感じています。一方で、パラリンピックとデフリンピックが混同されやすく、独立した大会としての理解が浅いことについては、地域や世代による情報格差があるにせよ、説明不足であることは否めないと思います。ただ、手話言語通訳者がいないと私たちのメッセージが届きづらいという現状がありますので、手話言語通訳者の養成と指導の継続が必須だと考えています。
トルコ・エルズルム2023開会式にて、日本選手団へ説明を行う太田団長
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デフリンピック開催決定を機に、その手話通訳士という職業も注目されるようになりましたね。 |
スポーツに精通した手話言語通訳者の養成や、日本手話言語と国際手話の両方ができる人材育成にも力を入れています。手話言語通訳者は単なる翻訳者ではなく、競技者の感情や思考を世界に伝える架け橋であり、「共演者」です。デフリンピックを通じて、手話言語通訳者の専門性と社会的役割の理解が進むことを期待しています。
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太田さんはこれまでに夏季・冬季ともにデフリンピックの日本選手団団長を務められました。その経験を東京2025デフリンピックにどのように活かしていきたいですか? |
夏季大会では猛暑や長時間の移動、冬季大会では寒冷地での体調管理と競技特性への理解が求められました。東京2025デフリンピックは11月開催ですので気候面ではそれほど心配していませんが、日本選手団は400人ほどの大所帯になりますので、それぞれの環境で選手のコンディションを守るための配慮を徹底し、また選手一人ひとりの心の声に寄り添い、精神的な支えとなれるよう努力したいと思っています。
また、その際の即時判断とチーム連携の重要性は痛感していますので、今大会は事前準備と現場対応の両輪を意識し、リスクマネジメント体制の強化に活かすつもりです。
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日本選手団のメダル獲得目標を教えてください。 |
前回のカシアス・ド・スル大会では、コロナ禍によるさまざまな活動の制限があるなかで、金12、銀8、銅10の計30個と過去最高のメダル数を獲得しました。東京2025デフリンピックでは、21競技すべてで表彰台に乗る目標を含めて、30個を超えるメダル獲得をめざしています。
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最後に、東京2025デフリンピック成功に向けての想いをお聞かせください。 |
今大会のスローガンは「燃えろ!ALL JAPAN」。日本選手団だけでなく、家族や支援者、手話言語通訳者、ボランティア、そして全国の人々すべてが一体となり、障がいの有無を超えて「みんなで創るデフリンピック」という理念が込められています。観戦するお客さんも、この舞台の一員です。「拍手」の手話は、両手を挙げてひらひらさせる動作をします。観客席からこの手話で、ぜひエールを送ってください。この「拍手」や「日本」などの手話をベースにした「サインエール」も新たに考案されましたので、国境を超えてみんなで楽しみたいですね。情熱と誇りを持って、100周年の舞台をともに創り上げていきましょう。
(MA SPORTS)
プロフィール
太田陽介さん
1958年、福岡県生まれ。幼少期からスポーツに親しみ、1972年のミュンヘンオリンピックで金メダルを獲得した猫田勝敏氏に憧れ、中学からバレーボールを始める。猫田氏と同じセッターとして活躍し、高校時代も青春を捧げた。2000年の第6回アジア太平洋ろう者競技大会(台湾)日本選手団副団長、01年の第19回夏季デフリンピック競技大会(イタリア)日本選手団総監督等を経て、13年に全日本ろうあ連盟スポーツ委員会委員長に就任。同年の第22回夏季デフリンピック競技大会(ブルガリア)のほか、24年の第20回冬季デフリンピック競技大会(トルコ)の日本選手団団長を務めるなど、国際スポーツ大会や機運醸成に関する豊富な知識・経験を持つ。13年より福岡県聴覚障害者センター施設長。
