東京2020パラリンピック競技大会にて、100mバタフライで金メダルを獲得した木村敬一選手(競泳)と、同種目で銀メダルを獲得した富田宇宙選手(競泳)が9月4日、記者会見に出席し、メダル獲得から一夜明けた心境を語りました。
Q:メダルを獲得されて改めてのご感想をいただきます。
■木村選手:
今大会は、100mバタフライで金メダルを獲得するという目標を持って臨みました。そのために出場種目も絞り、万全の状態で100mバタフライ最終日のレースを迎えるという風に準備を進めてまいりました。結果、目標を達成することができ、大変うれしく思っております。
パラリンピックの延期などもあり、この5年間は本当に長い日々だったなと、今振り返っても思うんですけれども、この日のために頑張ってきた「この日」というのは本当に来るんだなという風に思って。それを達成できて今とても幸せな気持ちでいっぱいです。
さまざまな意見があるなかで、今大会を開催していただけたこと、そしてその舞台に立てたこと、そして目標を達成できたということで、本当に今幸せな気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。
■富田選手:
この大会が始まってから本当にたくさんの方々から応援の声をいただいて、日増しにそのエネルギーが自分のなかに入ってくるような感じで毎日過ごしていました。特に、最初に400m自由形でメダルを獲得してからは、皆さまから「感動したよ」とか「力をもらったよ」とか本当にたくさんメッセージをいただいて、それがまた力になって、次のレースに臨んで、そしてまた皆さんからお祝いの言葉をいただいてそれがまた力になって、という風に、皆さまのご声援が自分の力になるというのを実感した大会でした。
私にとっては初めてのパラリンピックだったので、大会の影響力といいますか、社会に対する力、皆さんが本当に観て応援してくださっているという実感。そういったものを本当にありがたく感じましたし、とても素晴らしい大会に出場することができて、幸せな気持ちです。
このような社会情勢のなかで大会を開催してよいのかと、それに自分が参加してよいのかと、悩み苦しんだ時期もありました。ただ、私がアスリートとしてできる限りのパフォーマンスをたくさんの方々に観ていただくことで、困難な状況におられる方々にほんの少しでもプラスのエネルギーになって、何か元気になるきっかけになれたら、そういう気持ちで最後まで戦い抜きました。私のパフォーマンス、試合での結果がどれだけの力を持つものなのかはわかりませんけれども、こういった世界的なイベントで、一人のアスリートとして皆さんの前に立てたことを誇りに思います。ありがとうございました。
Q:木村選手から「幸せ」という言葉がありましたが、一夜明けて、メダルを獲得した重みをどう受け止めていますか。
■木村選手:
ほとんど寝ていないので一夜経っていないような感じですけれども。
金メダルというものが、僕が水泳を続けていく最大の理由でもありましたし、自分のなかで本当に一番高いところにのぼりつめたなという感じなので、この「幸せ」感というのは今まで味わったどの幸せよりも大きなものだと思っています。表彰台に立ったそのときの幸せというのが今もまだ身体のなかで続いていると思っています。
Q:富田選手は「さまざまな祝福の言葉をいただいた」とのことですが、なかでも心に響いた言葉やメッセージを教えてください。
■富田選手:
どれか一つというのは難しいですけれども、水泳をやって良かったなと思わせてくれたのは、僕の泳ぎを観て「元気になりました」とか「辛く苦しい時期を過ごしているんだけれども、前を向こうと思えました」とか、僕の努力を観て「自分も努力しようと思いました」とか、自分ごととして僕の姿を重ねて力にしてくれる。そういうメッセージをすごくうれしく思いました。
あとは、僕は高校生のときに健常者としての水泳を引退したんですけれども、400m自由形の最初の200mで、僕が高校生のときに泳いだ200mの自己ベストのラストレースと同じラップで前半を折り返したんですね。その最後のレースを一緒に泳いだメンバーから、それに「すごく驚いて感動した」と言ってもらったときに、視力を失いましたけれども、自分がそこから成長してきたんだなと、競技者として進歩してきたんだなという実感が湧いて、アスリートとしてうれしく思いました。
Q:木村選手は「金メダル」という有終の美を飾られましたが、今後のパラスポーツのあり方、日本での水泳競技の普及について、今考えられていることはありますか。
■木村選手:
今大会、日本の水泳チームはたくさん若い選手がチームに入ってくれて、山田美幸ちゃんがメダルを獲ってくれて、34ポイントリレーで窪田幸太・荻原虎太郎・南井瑛翔の3選手が決勝に残るなど、若い選手たちの活躍も目立ったと思うんですね。それって、これからのパラ水泳の強化のうえですごく明るい材料だと思っていて。彼らが今後、日本のパラ水泳を引っ張っていってくれることだろうと思います。そういった若い選手の活躍というのはさらにパラ水泳の裾野を広げ、競技力の向上につながっていくのではないかと思っているので、私自身は「金メダルを獲る」という自分の目標を達成できましたけれども、同時に、パラ水泳チームとしては次につながる最高のチームで戦えたのではないかなという風に思って、僕は一緒に戦った27人のメンバーを誇りに思っています。
Q:富田選手はメダルを3つ獲得されましたが、そのなかで個人的に収穫になったこと、プラスになったこと、新たに芽生えた思いはありますか。
■富田選手:
メダルを獲得することで、この大会の場合本当に多くの方々が目に留めていただいて、僕のことを知っていただいて、「これから(僕のことを)応援します」と言ってくれる方もたくさんいらっしゃって。この3つのメダルすべてが、これからの僕の人生にとって大きな意味を持つし、たくさんの応援をこれからも僕にくれるのかなと感じています。
ただ、競技者としては、この3つのメダルは獲得しましたけれども、実力的にはもっと上を目指したい気持ちもありましたし、もちろん最後のレースでは金メダルを獲得するつもりで挑んでいました。まだまだ成長していかなければいけないのかなと、そういう課題を感じた部分もないわけではありません。
でも今は、この3つのメダル、そしてそれらを喜んでくれて、そこから力をくれる皆さまにとにかく感謝をして、今後のことは考えたいと思っています。
Q:木村選手はこれまで目指していたバタフライでの金メダルを獲得されたということで、以前から「脚の力や弱いところを強化していきたい」という発言があったんですけれども、アメリカに渡ってこれまで強化したことが金メダルにつながったと思う点があれば教えてください。
■木村選手:
おっしゃる通りいろいろなトレーニングをして鍛えてきたつもりでしたが、最終的に僕がこの5年間で一番強くなったのは心の面だったなと思っています。どんな状況でも自信を持ってスタート台に上がって、「自分は負けないんだ」という風に自分で自分のことを鼓舞してレースに臨むという強い精神力が、厳しい状況のなかで生活していったときに育っていったのかなと思います。そういう心を強くしていくという作業だったので、本当に苦しい時間もたくさんあったなと思うんですけれども、それらを全部自分で乗り越えた感じがしていて、今は充実感もたくさん味わっているところです。
Q:富田選手は初出場ということでいろいろな収穫があったということですが、自身の泳ぎのどういった強みを今後に生かしていきたいかということ。また、昨日から木村選手とたたえ合うシーンが報道されていますけれども、改めて木村選手への思いを教えてください。
■富田選手:
泳ぎについては、僕の場合はテクニックの面でまだまだのびしろがあるんですね。技術的には改善の余地が本当にたくさんあって。例えば個人メドレーでは背泳ぎと平泳ぎは今回もあまりうまく泳げませんでしたし、バタフライでも腕と脚のタイミングが後半ズレてタイムを落としました。そのあたりはまだまだ改善の余地がありますし、そういったところはまた取り組んでいって十分タイムが伸ばせる部分なのかなと思っています。
木村くんについては、彼がリオ2016大会で金メダルを逃すところを僕はテレビ越しに観ていて、それがとても悔しかったんですね。その前の年は特に、僕と彼と二人で練習する時間がとても長くて、当時僕は違うクラスで木村くんとライバル関係にはなかったですが、一チームメイト、一緒に練習するパートナーとして、金メダルへの挑戦というのを本当に間近で見ていて、だけどリオ2016大会では残念ながらそれを獲得することができなかった。そしてそこから東京2020大会に向けてもう一度歩み出すところでも、彼は非常に悩んでいたし苦しんでいたし、そういったところも見てきました。
僕がその後、同じクラスになってライバルと呼ばれるようになって、逆に一緒にメダルを争う立場になったわけですけれども、そこでも彼を応援したい気持ちは最後までやっぱり消せるものではなかったし、僕が金メダルを獲ってやるという思いと、彼に金メダルを獲ってほしいという応援する気持ちは、ずっとどうしても僕のなかにあるものなのかなと思っています。
というのは、昨日彼が結果として金メダルを獲得したときに、僕のなかに正直なうれしい気持ちが確かにあったので、アスリートとしてはもしかしたら僕は失格かもしれませんけど、そういう気持ちが本当にあったので、心のままにそれをお伝えしました。
もちろん「金メダリストになりたい」という気持ちがないわけじゃありません。ただ、ともに頂点を目指した仲間が目標、夢を叶えた。それは仲間として本当に誇りに思うし、心から祝福しています。
Q:富田選手にお聞きしますが、これからも選手として活動されていくと思うんですけれども、どんなことが目標になっていきますか。
■富田選手:
今後も選手としての活動は続けていきたい、まだまだ成長していきたいと思っていますが、今この東京パラリンピックで得られた大きなうねり、皆さんに届いたもの、それらを最大限に生かすために今自分にできることは何だろうかと。今はそういうことを考えています。
だから、また次のパラリンピックや、そういった目標に向かいつつも、社会のあり方だったりとか、先ほど木村くんからも話がありましたがパラ水泳の発展だったりとか、まだまだ課題が山積していることも確かですから、そこに僕が何かしらの力を持ってお手伝いできることがあるのであれば、そういったことにも全力を注いでいきたいなと思います。
Q:富田選手から木村選手への思いを語っていただきましたが、今大会、昨日のレースで金メダルを獲得するにあたって、木村選手にとって富田選手の存在というのは、結果もしくは心に影響した部分はあるのでしょうか。
■木村選手:
パラリンピックでチャンピオンになることを目標にやっているということは、世界中の誰一人として負けるわけにはいかないと思っていて。そのなかで宇宙さんというのはライバルの一人であって、絶対に負けてはいけない存在であり続けていたんですね。結果的に(富田選手が)2位に入ってきてくれたということは、国内でこれまで重ねてきたレースすべてが、昨日の決勝とほぼ同じ条件だったということだと思うんですよね。という意味では、僕は常に高いプレッシャーのなかで戦い続けてこられたということだと思うので、そういったレースを重ねさせてくれた宇宙さんには本当に選手として感謝の気持ちでいっぱいですし、僕が昨日パラリンピック決勝の舞台でプレッシャーに押しつぶされずに勝ち切れたというのは、これまでそういったレースを一緒に重ねてきてくれたおかげだと思っています。僕がパラリンピックの世界チャンピオンになるために、宇宙さんという競技者は、なくてはならない存在だったと思います。
Q:3年後のパリ2024大会がどうしても頭をよぎってしまうんですが、そのあたりはいかがでしょうか。
■木村選手:
どうしてもですか?どうですかね...いろいろな人と相談して今後のことは決めたいと思っていますし、今は本当にどっちとも言えないので、もうちょっとだけ浸らせてください。
■富田選手:
今回の東京パラリンピックは無観客での開催になりました。それはやっぱり僕にとっても、この日本にとっても、致し方のないことではありますけれども、非常に大きな損失だったと考えています。というのは、やはりこういった障がいのある選手たちのパフォーマンスが、子どもたち、またそれを応援する皆さまに、本当に大きなインパクトを与えると僕は信じてきたし、その力があると今回も確信しました。
できれば、パリ2024大会では満員の観客のなかで躍動する選手たちを一人でも多くの方に目の当たりにしていただいて、このパラリンピックムーブメントをもっともっと大きなものにしていきたい。そしてそれによって、よりよい社会の実現につなげていきたい。そういう思いがあります。その一部となれるように、また自分にできることから少しずつ少しずつ一歩一歩やっていけたらと思います。
Q:今回、競泳をはじめ多くの競技をテレビもしくはネットで観て、初めて皆さんの活躍を目の当たりにした方も多いと思います。そういった方に、今後、どんな風にアスリートとしての活躍を観てもらいたいと思いますか。
■富田選手:
今回のパラリンピックの中継では、これまでにない熱心な解説や事前取材など、たくさんの準備をしていただいて、これまでになくおもしろいものとして皆さんの目に映ったのではないかなと期待しています。ただ、このパラスポーツというのは本当に奥が深くて、水泳であっても、例えば片手で泳ぐということであっても、ふつうの水泳とは全然感覚が違うし、皆さんが思っている以上に難しい面だったり、工夫が必要な面だったり、深みがあるんですね。そういったパラスポーツだからこそのの難しさ・奥深さにもっとフォーカスして、競技としてのおもしろみを味わってもらえたら。もっと魅力的なものとして皆さんに伝わるんじゃないかなと。そういうポテンシャルを秘めていると僕は考えています。
もう一つは、ずっと伝えてきたことでもありますが、選手たちが歩んできた道のりも本当に十人十色で、たくさんのバリエーションに富んでいるんですね。その選手たちが乗り越えてきたもの、向き合ってきたもの、人生の道のりを目の当たりにした人たちに与えるインパクトや感動は、パラリンピックと切り離せないものだと考えているので、そういった過程におけるドラマ、選手たちの人間的な魅力、人生の重みを、パラリンピックの魅力のすべてとして幅広く受け入れていただけると、パラリンピックの持つ影響力というのはもっともっと大きなものになっていくと思います。